蘭盆勝会

精霊流しが終わると、長崎人の気持ちは自然と秋支度を始めるような気がします。10月のおくんちに向けて体力を温存するような、ゆったりと過ごす季節。そんな頃、太陰暦(旧暦)のお盆がやって来ます。

室町幕府の時代から明王朝と日本との貿易は盛んに行われ、その流れの中で長崎に移り住んだ福建省の人々。彼らは異国の地での心の拠り所として1629年に黄檗宗(おうばくしゅう)の禅寺である崇福寺を長崎の丘に建立し、以来約400年の間、長崎に住む華僑の人々と歴史を刻んで来ました。そんな崇福寺で3年ぶりに「蘭盆勝会」(らんぼんしょうえい)が本格的に開催されました。

重要文化財の三門に灯りがともる

「蘭盆勝会」とは中国のお盆の行事でその地域や宗派で呼び方が異なり、中国盆、唐盆、中元節、盂蘭盆(うらぼんえ)とも呼ばれます。崇福寺では毎年太陰暦の7月26日から7月28日までの3日間(2022年は8月23~25日)行われ、まず初日にご先祖の霊と共に全ての彷徨える魂を食事やエンターテイメントでお迎えします。

供えられた食べ物
京劇の舞台もある

そして最終日「金山銀山」と呼ばれるあの世での金銭を模した紙を爆竹と共に燃やし、魂たちを見送ります。

あの世のお金が豪快に燃え尽きます

長崎平和祈念式典

長崎の夏の空は美しくそして少し悲しい。それは間違いなく毎年訪れる原爆投下の日8月9日があるから。小さな頃から見てきた大人たちが黙祷をする姿。それは長崎で育った僕に「平和」への意識を自然と根付かせたように思う。長崎へ戻ってきた今年は必ず出席しようと決めていた「被爆77周年長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」決めていたはずなのに、朝起きると行くかどうか迷っていた。自分が参加することに意味があるのか?黙祷は家でもできるし、今までもそうしてきたし、、携帯を見ると準備を始めないといけない時間。あーだこーだと考えていると「ダッチ!(1歳の娘の言葉で「ダディ」のはず、、)」と娘が勢いよく部屋に飛び込んできた。「遅れるよ」遅れて妻の声。もちろん、行こう。

大きな事件の後という事もあって会場の平和公園は警察、SP、スタッフが大勢配置されて、厳戒態勢を敷いていた。堂々と(つまり内心恐る恐る)入場券を見せて公園へ入る。エスカレーターを登っていくといつもとは違う「正装」の平和公園。大きな白いテント。整然と並べられた献花。参列者も白いシャツに黒のパンツが多い。持ち物検査のゲートを抜けて、まずは撮影しようと前から決めていた写真を撮影。

1985年にソ連から贈られた石像

世界へ願いを込めて、Twitterの予約機能を使い11:02に「Believe in human from Nagasaki 2022.8.9」とこの画像を載せてツイート。文章を考えながらアメリカへ留学していた時の事を思い出していた。

長崎の高校を卒業して、映像を学ぶためアメリカのモンタナ州というのどかな場所へ留学をしていた時のこと。大学のある町は人口の90%以上が白人だったのでアジア人は珍しく、初めて会う人には必ずと言っていいほど「Where are you from?」(どこから来たの?)と聞かれていた。僕は長崎出身であることに誇りを持っていたので「Nagasaki, Japan」(日本の長崎)と常に答えていた。その後に続く会話は「日本?遠いところから来たね。」や「日本?いいね。アニメ好きだよ。」それで良かった。自分もそう考えていた。

そんなある日Jayという照明技師をしているアメリカ人に出会った。いつもの会話の流れで「Where are you from?」と聞くJay、僕はいつものように「Nagasaki, Japan」と答える。それを聞いてJayは真顔になり「Sad history」(悲しい歴史だね)とポツリとつぶやく。その時気づいた、僕はこの言葉をずっと心の中で待っていたんだ。今でも忘れない7年間のアメリカ生活の中で最高の出来事。

式典は厳かに進み合唱もスピーチも素晴らしかった。けれども本音を書くと、心には届いてはいなかった。それは自分の「平和」へのストーリーを考えていたから。高校生の考えた平和へのスローガン「微力だけど無力じゃない」の自分の微力は何なのか?何ができるのか?式の間中、周りを見回しながら考え続けた。老人には老人の、政治家には政治家の、学生には学生の進むべき物語があるはず。自分の答えは明確だった。伝える事。物語を伝える事が自分にできる微力。

家に帰ると娘が走ってきて迎えてくれた。娘を抱き上げて僕は話し始める「ねえねえ、聞いてよ。ダッチは今日こんな事を考えたんだ。」

長崎の空は忘れない

ストーリーマーケティング

物語は太古の昔から人々を動かしてきました。「サピエンス全史」の著者ユヴァル・ノア・ハラリ氏によれば、物語(フィクション)が人類の繁栄を支えて来たと言います。例えば、他の動物は「ライオンがいるから気をつけろ!」とその場にいる仲間に知らせて危機を回避することはできるけれど、翌日もしくは翌週現れるライオンに対しては危機回避はできず、生存はギャンブルの連続になると。しかし人類は静かな満月の夜に集まり、こう話し合えるだろうと「ライオンは毎日陽が昇り大地を照らす頃、湖にやって来て水を飲む。ライオンは我々の守り神だから争いは避けたい。なので明日からは太陽が真上に上がってから我々は水を汲みに行こう」そして、それは神話になり宗教となり「旧約聖書」や「古事記」といった現代でも多くの人々の心を動かし続ける物語となっています。

ストーリーマーケティングはその人類を動かし続けて来た「物語」を使って【売り手】と【買い手】を繋ぎます。A社が開発した「AIラーニング」という新商品が発売されるとします。YouTubeにこの商品のプロモーションが上がっています。見てみましょう。EDMをBGMにA社の幾何学的なロゴがオシャレに現れて消えます。テクノロジーを表すビジュアルイメージを背景にテロップ:「AIラーニング。開発期間5年。最先端のAIテクノロジーを搭載。子供の学習を正確かつ効率的にサポート。iOS、Androidに対応。2022年文部科学省大賞受賞。」ラストは製品のビジュアルと価格が出てプロモーションは終わります。確かに「ビジュアル」としては王道かもしれません。

では、ストーリーマーケティングではどうでしょうか?見てみましょう。蝉が木にとまり鳴いている映像にアコギの優しいBGM。AIラーニングの開発者がインタビューに答えています:「ある夏休みの事です。当時小学四年生の息子は勉強が嫌いで、すぐに私の目を盗んでは遊びに行っていました。遊びは大事だけれど、勉強は世界を広げてくれる事も伝えたい。どうしたらうまく伝えれるだろうか?あんまり言うと口うるさいと嫌われそうだしなぁなんて考えていると、夏休みはとうとう終盤に差し掛かっていました。そんなある日、一羽の蝉が玄関先で鳴いていました。すると息子が「お父さん、蝉はなんで夏しか鳴かないの?」と聞いて来ました。自分もそれまで考えた事もなかったので二人でネットで調べ、息子は「へえ」と言いながら解説サイトを読んでいます。その時「好奇心」が学びの入り口にある事を再認識したのです。そうして考えついたアイディアを5年の月日をかけ完成させたのがこのAIラーニングです。これを使う事で子供は「好奇心」と学校の「勉強」を自然と結びつけ、知る事は楽しいと思ってくれるはずです。」ラストに商品の詳細と会社のロゴが出てきてプロモーションは終わります。

まず最初のプロモーションは【売り手】が伝えたい事を一方通行で伝えています。そして、2つめのプロモーションは【買い手】と悩みや思いを共有しようとしています。「共感」は現在のマーケティングに必須の要素です。主役は【買い手】です。ストーリーマーケティングの力をぜひみなさんも手に入れてください。フィルムクレストが全力でサポート致します。